名古屋高等裁判所金沢支部 昭和46年(う)2号 判決 1972年8月31日
本店所在地
金沢市材木町一七番六号
大同製綱株式会社
右代表者代表取締役
番匠博之
右被告人に対する法人税法違反被告事件につき昭和四五年一二月七日金沢地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官宇治宗義関与の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人新崎武外の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、その要旨は
第一 被告人会社は、沖元市郎(以下沖と称す)より原料・製品を引継いだ事実は全くないのであるが、ただ、国税当局において被告人会社が引継いだと推定されたものは、実は、簿外において闇価格により昭和二五年度中に八、三一八、六〇〇円相当の、昭和二六年度中において一二、四七八、四一〇円相当の製品をそれぞれ仕入れたものであつたにすぎないのにもかかわらず、原判決は、これを昭和二四年一一月末日に、沖より同人がかねて公定価格で仕入れた製品・原料合計二六一、七二九ポンド(価格一二、〇一六、八八一円相当)を被告人会社が引継いだものであったとし、
第二 被告人会社の昭和二六年一一月三〇日現在の棚卸在庫品のうち二三、六九三、六二八円相当は売れ残りの不良品で、無価値なものであつたのであるから、これを按分して昭和二五年度並びに昭和二六年度の各期末棚卸高から控除しなければならなかつたのに、原判決は右在庫品は価値を有するものであるとし、右期末棚卸高から各相当の金額を控除しなかつたのは、何れも被告人会社の各所得額算出の基礎となるべき事実を誤り、ひいては罪となるべき事実におけるほ脱金額を不当に多額に誤認したものであるから、原判決は破棄を免れないというにある。
よつて審案するに、原判決挙示の対応証拠を綜合すると、原判示各事実を認めるに充分であり、所論に対する当審における事実認定に至る経過並びに証拠は、論旨第一については原判決の争点に対する判断中「二、沖元市郎からの引継原料・製品について」の項で説示しているところと同一であり、論旨第二については同「三、期末棚卸高について」の項で説示しているところと同一であるから、これら原判決説示をそれぞれ引用することとして、これらに説示された点について改めて説明することを省略するが、弁護人の主張に対し当審における判断中附加するのを相当と思われる点についてのみ以下補足する。
先ず、論旨第一に関し、弁護人は原判決の採用した被告人会社側関係者より得た各証拠は、国税当局の捜査の早期打切りを願うために同局係官の意志に迎合してなされたもので措信できないと主張するのであるが、原判示事実を認定するのに採用した大多数の情況証拠は各証人の原審公判廷における供述であつて、論旨主張を肯認すべき余地のないものであり、一部関係者の捜査官に対する供述調書又は上申書についても、一件記録を検討してはみたものの、これらの書面が同関係者等の真意を枉げて作成されたと認めるに足る信用すべき証拠が存在せずかえつて、右各書面の記載内容は、国税当局係官の調査時における客観的な証拠資料に基づいて逆算した在庫数値と符合するものであると共に、前記各証人の公判廷における供述によつてもその情況が裏付けされうるものであり、措信するに充分である。
又、弁護人は昭和二四年一一月三〇日現在において、沖の手許に原判示の如く多量のマニラ麻・ロープトワイン等が在庫した状況は全く存在せず、物資統制の行われていた当時の流通機構そのものからみてもかかる多量の原料・製品を蓄積できる可能性は全く存しないと主張するが、原審第六回公判調書中の証人高橋常信・第五回公判調書中の番匠博之の各供述を綜合すれば、被告人会社と沖とは名目上別個ではあつたが、その実体は同一体であり、製品加工過程において所謂出目と称する原料の余分が生じ、これが累積される状況にあつたこと並びに沖は昭和一五年頃多量の原料を買いつけて保管していたことが認められるので、その後その原料の保管並びに使用を順送りにしていたことも容易に推認されうるところであり、したがつて、本件引継時に沖が原判示の原料・製品を保管していたことは何等これを異とするには足りないというべきである。
論旨第二に関し、弁護人は原審証人桜井次男、同寺中次吉等の古い製品を解体して新製品製造の際に混入した旨の各供述は措信できないと主張するが、同証人等は元来被告人会社側の使用人であつたもので、殊更、事実を枉げてまで同会社に不利な証言をする事実は全く認められず、殊に証人桜井の供述するところは、押収されている「原料使用量製作予定控」と題する書面中の記載にも符合するものであつて、同証人等の原判示に沿う供述は措置するに充分である。
又、弁護人は、被告人会社は昭和二七年度、同二八年度に欠損しつづけている状況からみても、昭和二五年度、同二六年度に多額の利益を得ている筈がないと推定されるのに、これ等両年度に多額の利益を挙げている如く認定されたのは、前記無価値在庫品を有価値品であるとして加算した結果によるものであると主張しているが、企業における営業成績が各事業年度毎に変動することは通常あり得ることであり、仮りに昭和二七年度、同二八年度に主張の如き欠損があつたとしてもこれをもつて原判決の認定を左右する資料とはなし得ない。
その他所論は種々主張し、原判決を論難するが、原審並びに当審取調べの各証拠を検討しても、これらを認めるに足りる信用すべき証拠資料は見当らない。
結局原判決には所論主張の如き事実誤認は認められず、論旨は何れも採用できない。
よつて、本件控訴はその理由がないので刑訴法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下薫 裁判官 福島 裁判長裁判官河合長志は転勤のため署名押印することができない。裁判官 山下薫)
控訴趣意書
被告人 大同製綱株式会社
右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴申立の理由書を提出する。
第一点(一) 沖元市郎からの引継原料・製品について、原判決は検察官主張のとおり「昭和二四年一二月三一日数量二六一、七二九ポンド価格総計金一二、〇一六、八八一円」という数字をそのまま、認容せられた。しかしこれは事実を曲げている。即ち国税局の調査に対する速やかな捜査打切り願うため、かかる偽装の方便がとられたこと、ただし被告人会社は引継品に対する値段について、あくまで争つたが、昭和二四年一一月三〇日の<公>単価しか認められなかつたので、国税局に於いて計算し作成した原稿の通りの上申書を提出した。
以上の事実について、原審に於ける弁護人提出の弁論要旨に詳述しているので、ここにこれを援用する。
被告人会社は国税局の調査に対し、当時として約三〇〇、〇〇〇封度約三、〇〇〇万円という大きな数量が不足し、簿外仕入先を追及され、これを公表できない窮地に追い込まれ、已むなく犯則事件として追及できない(時効完成)時期に、即ち沖元市郎から引継いだという弁解をなし、国税局もこれに副うて書類作成を被告人会社の各担当員に命じたので、一応形式的証拠が完備し、これを証拠とした原判決は一応形式的には正当であると見られる。
しかしながら時日を経過した今日、あえてこれを争い、その当時提出した証拠書類の真実性がないという疑問点を挙げる。
(1) 沖元市郎が昭和二四年一一月三〇日現在二六一、七二九封度のマニラ麻ロープ、トワインを在庫していたという証拠は一つもない。どうしてかかる莫大な数字の製品が闇仕入できたのか、それがどうして<公>で仕入できたか、それに応えるものがない。それは全く不能である。
従つて、被告人会社は査察官に対し引継という便法はのむが、引継値段について、当時闇相場が一〇〇ポンド一〇、〇〇〇円乃至一三、〇〇〇円であるからこれを認めてくれと懇請したが、認められなかつた。
(2) 第二点として、沖元市郎は昭和二四年一一月三〇日まで漁綱用の資材(マニラ麻のみ)のチケツト入手の窓口であつたという原判決の認定は認めるが、原判決のいう「チケツト」とは<公>で仕入れ、<公>で販売するものである。即ち、消費者(漁業)が切符の配給をうけ、これを販売業者に渡し、<公>で指定のロープ、トワインを受取る。
販売業者(沖元市郎)は生産業者(被告人会社)に前記切符を渡し、原料を配給公団から受取り、これを生産加工して、製品を消費者に渡す仕組である。
かかるチケツトの窓口業者である沖元市郎が、マニラロープ、トワイン・二六万ポンドを蓄積することが出来るか。かかる余地が発生しない。当時統制品は闇仕入するしか方法がない。それがどうして<公>の値段で被告人会社に引継ぐことができるだろうか。
(3) 第三、漁網用のロープ、トワインと言えば、それは輸入マニラ麻を原料とし、それ以外の原料は考えられなかつた。強度、伸度を科学的に計算して各網に応じたロープ、トワインの寸法が選別されていた。従つて漁網に関する限り、ロープ、トワインはマニラ麻に限り、代用を許さなかつた。
渡物の太いロープを解体して、その中心にあつた比較的新しい部分を抜き出し再製ロープ、トワインの製造を試みられたが、やつぱり伸度に於いて新品とは比較にならず、結局ロープ、トワインにならなかつたことは当時の漁業界公知の事実である。
被告人会社が簿外売上げをしたロープ、トワインは各証拠によれば金一〇、〇〇〇円乃至金一三、〇〇〇円の間であつたことは争いがない。
右販売品は新品マニラ麻ロープ、トワインであつて再製中古品、中古品の混入したもの、日本麻の混入したものではない。
原判決の認定によれば、沖元市郎から引継いだ製品が右のようにして簿外売上げに廻つているとのことであるが、統制解除後、換言すれば、輸入マニラ麻の出廻りが良くなつた後、戦後絶対量が不足して闇が横行し、代用品が流通した頃と違い、かかる雑物混入品が輸入マニラロープ、トワインとして販売できるか、その説明を要しないと思う。被告人が昭和二五、二六両年度に販売した簿外売上はロープ、トワインとして一級品である。それはその販売値段から見て明らかである。
(4) 沖元市郎が引継ぎ当時かりに二六一、七二九ポンドの製品等を在庫していたと仮定すれば、量的には大きな倉庫数棟を満庫にしなければならない量である。しかもそれがすべて闇仕入である。占領下、統制時代に絶対量が不足し、闇横行の時代に延べ二年間にわたり在庫していたというが、客観的にありうるだろうか。
(二) 以上の諸点の立場から見れば、沖元市郎から引継いだという原判決の認定は誤りであると言わざるを得ない。果して然らば、被告人会社が主張しているように、昭和二五、二六年度に亘つて簿外売上げされたロープ、トワインは、その製品か、それとも輸入マニラ麻をその頃これに接着、先行して簿外仕入が為されたと見るべきである。
しかし、それが沖元市郎から引継いだものと仮定しても、その値段の仕切りに於いて簿外売上げに相応する仕入値段でなければならない。
そもそも物と価格の統制時代に於いて統制値段で現物を取得できるのは、チケツトと引替えの場合に限る。従つてチケツトを不正に直接取得できる立場にあつた者しかあり得ない。
(三) 結局、被告人会社には簿外売上げに相応する簿外仕入があつたと言わざるを得ない。これを被告人主張の貸借対照表に表わせば次の通りである。
昭和二五年度(自昭和二四年一二月一日至同二五年一一月三〇日)決算期に於ける国税局作成の損益計算書及び貸借対照表の各勘定科目のうち左記の通り修正すべきである。
(1) 借方期中製品仕入三五、五五三、一七八円、同原料仕入二一、六七七、六〇七円から沖元市郎引継ぎ仕入分、製品仕入一、〇三四、六〇五円と原料仕入三、七七二、一〇〇円を夫々差引き新しい製品仕入として金八、三一八、六〇〇円を加算すべきである。これに因り製品仕入四二、八三七、一二八円、原料仕入一七、九〇五、五〇七円に修正すべきである。その理由について、原審弁論要旨に詳述しているのでこれを援用する。その要旨昭和二五年度同二六年度総売上げに比例して沖元市郎引継ぎ総額金一二、〇一六、八八一円を按分したので、昭和二五年度には金四、八〇六、七五〇円を引き、他面その売上げに比例すれば別途仕入が金八、三一八、六〇〇円が計上されることになる。
右別途仕入の金額は、その頃の簿外仕入田島商店らによつて明らかになつている最低値段を標準として算出したものである。
(2) 右同様の趣旨に於いて昭和二六年度(自昭和二五年一二月一日至昭和二六年一一月三〇日)決算期に於ける損益計算書及び貸借対照表の各勘定科目のうち左記の通りに修正すべきである。
記
借方期中製品仕入八、四二四、五五四円、同原料仕入八五、七七三、三〇五円から沖元市郎引継ぎ仕入分、製品仕入一、五五一、九九〇円と原料仕入五、六五八、一四一円を夫々差引き、新しく製品仕入として金一二、四七八、四一〇円を加算すべきである。これにより製品仕入一九、三五〇、九七四円、原料仕入八〇、一一五、一六四円に修正すべきである。
その理由について昭和二五年度と同様である。
(四) 沖元市郎から引継いだと称するものがなかつたことは、以上述べたとおりであるが、かりに物の考えとしてかかる勘定科目を設定して製品、原料の数量を認めたとして、その値段について、罰則的意味の単価を強制してはならない。
被告人会社が、簿外仕入、又は沖元市郎の簿外仕入などを明細に立証できない立場にあつたとは言え、<公>又は当時の時価相場以下で仕入れることが、できうる客観的可能性のない限り<公>値段で沖元市郎から引継いだと言うべきでない。
被告人が主張する第一点はその引継値段を当時簿外仕入値段として明らかになつている程度にて仕切り計算すべきであると思料する。
第二点 原判決は「被告人主張にかかる昭和二六年一一月三〇日現在の棚卸在庫のうち売残り不良品金二三、六九三、六二八円の取扱いについて、昭和二五、二六年度に於ける製品仕入に按分して消却すべきである。」ということを認めなかつた。
その理由について、被告人会社が昭和二六年度決算に於いて期末棚卸に合計金二三、六九三、六二八円を計上し、さらに同額を昭和二七年度の決算に於ける期首棚卸高として計上していることを挙げているが、被告人の主張は右計上が不当であるというのである。
被告人会社が簿外売上げを為し、これに見合う簿外仕入を為し、いわゆる公表帳簿に記載しないものが発覚し、国税局が査察調査を開始し、昭和二七年九月八日を調査時と定め逆算して、簿外関係の数字を全部含めた修正貸借対照表並損益計算書を作成する際、何故昭和二五、二六年度から繰越し不良製品であり、かつ公表帳簿から脱漏している不良製品金二三、六九三、六二八円をそのまま計上し、その全部又は一部を消却できないかというのである。
右不良製品金二三、六九三、六二八円は簿外の仕入であり公表帳簿に記載ないものである。それを資産として計上する際、これを評価して全部又は一部を消却できないかと言うのである。
被告人会社が調査時の昭和二七、二八年度に亘って全部消却していると思われるので、昭和二五、二六年度に於いて不良製品として役立たないものならば、当然当該年度に於いてその消却を認めて計算すべきであると思料する。
昭和二五、二六年度に利益を挙げた被告人会社が昭和二七年度の調査時に欠損を出し、さらに昭和二八年度に赤字を続けた理由は前記不良製品の消却が主なる原因であることは前記弁護人提出の弁論要旨の理由を援用し、推認せられたことである。
なお、右不良製品の前記金額は全部取得価格であつて、昭和二五、二六年度に於ける新品マニラ麻ロープ、トワインの仕入価格と同一である。
さらに原判決は昭和二六年一一月三〇日の期末棚卸製品金二三、六九三、六二八円が存在価値のある理由として昭和二七年度に於いて右不良製品を解体して、新品マニラ麻に混入して、これを製品化した如く主張している桜井証人らの証言を援用し、認定しているが、昭和二七年度に於いてかかる再製品は製造したことも販売したこともない。既述のとおり、昭和二五年以降、中古品、再製品は市場価値がなく、これをマニラ、トワイン・ロープとして販売されたことがない。
ただ簿外仕入の数字を出すためかかる再製品が出廻つた如く、弁解したに過ぎない。不良製品を解体し、新品マニラ麻に混入し、新製品を製造し、これを商品として販売でき得たものならば、昭和二七、二八年度に於いて赤字がでる訳がない。
以上、二点の主張が容れられれば、原審に於いて被告人から提出した修正財産目録、貸借対照表の記載の通りとなり、原判決認定のような利益がなく、結局事実認定を誤つたものと言わざるを得ない。
右主張点について、十二分御検討のうえ原判決破毀し、適切なる御判決を求める。
以上
昭和四六年二月一六日
右弁護人 新崎武外
名古屋高等裁判所
金沢支部 御中